変わるものと変わらないもの ― 2010/10/28 04:45
昔、雲はどこかで、VisualBasicのような変わってしまうことがある技術ではなく、将来的にも使えるUNIX系の技術を学ぶべきだ。という記事を呼んだ記憶があります。その時のロジックは、確か、shell(bash?)は昔からあって今でも使えるのに、Windows 系の技術は使えなくなっている。というようなことだったと思います。
その頃の雲は、なるほど。そうだな。なんて素直に信じていました。今になって振り返ると、なんて素直なんだ!と笑うしかありません。
何にかをするときに、何に価値を置くか?ということはとても大事ですが、これに気がついたのはつい最近だったりします。
例えば、UNIX の技術の方がWindowsの技術と比較して足が長い。としても、それだけでは、UNIXの技術の方が学ぶ価値がある。ということにはなりませんし、Windowsの技術を学ぶと技術が変わるので学び続けなければいけない。ということが欠点であるわけでもありません。
大事なことは、一度学んだら、後は、それを使い続ける(ことができる)。ことに重きを置くのか?それとも、技術の変化を許容して学び続けることで、(自分が発揮できる価値を)維持することを目指すのか?何を目的とするかでどちらが良いかを判断すれば良いだけなのです。
結局のところ、こういうことには回答はなく自分なりに答えを出していくしかありません。雲がいつも残念に思うことは、回答は一つではないし、正しい答えも無い。ということを明確にした上で、読んでいる人に判断を委ねるための(その人なりの意見を)伝える。という努力が(ほとんど)見られないことです(いや、それは、当然の前提でしょう。という反論があることはわかりますけど)。
Windows の技術が変わることは事実だとしても、変わることで生産性が向上する。とか、これまで出来なかったことが出来るようになる。とかといったメリットがあれば、それを理由にWindowsを選択することはありだと思っています。また、業務でWindowsの技術が必要とされることもあるでしょう。ついでに言えば、変わることで発生するコストよりも生まれるメリットが大きければ、Windows を選択することもあります。
大事なことは、Windows と UNIX(に限りませんが)を比較する際には、どちらが優れているか?ということを自分の物差しで比較することです。昔の素直だった自分への教訓です。
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